今月(98.11)の口腔外科学会雑誌にとても興味深く皆に参考になる論文が掲載されておりましたのでご紹介いたします。
概要
9ヶ月の男のあかんぼうが箸を持っていて転んで、口の中の上顎(口蓋部)に約3センチほど、ぶっさしてしまったそうだ。親はあわてて救急車で、病院に搬送し口腔外科外来で、その箸を抜いたそうだ。それからが大変で、200mlに及ぶ大出血と、血圧の低下、意識レベルの低下を招いたのである。担当医は相当焦ったに違いないと思います。
そこで、この担当医と病院が優れていた為、気道確保、輸血、刺入部の縫合をして何とか出血を止められたそうだ。
そして、MRIを撮ってみて、一同唖然。何と、箸の先が脳の中の蝶形骨を貫き、脳下垂体のあたり迄刺さった痕跡が見られたのである。当然、脳の中迄、不潔な物が入ってしまった訳だから、抗生物質の大量投与によって髄膜炎の予防を小児科と共に行い、脳の中に異物が入ったにもかかわらず、特に、運動障害等を起こさずに、18日後には軽快退院となったそうだ。
この論文の考察によると、脳損傷の場合、刺入物が来院時に抜去されていた者の死亡率は、26パーセントに対して、刺さったまま来院した者は11パーセントとの報告が有るそうです。恐らく、この子供も、家でおかあちゃんが抜き去った場合多分、大出血で喉が塞がって、死亡していただろうと推測されます。
この様な場合、MRIやCTの有る病院で、位置を確認して、もし危ない位置に有るならば、全身麻酔下で、輸血等の準備を行った上で抜去すべきとも書いて有りました。
ここで、教訓。
一般家庭でこの様なケースに遭遇する事は滅多に無いと思いますが、歯科医院の場合はこの様な子供が来る事は有ると思います。そんな時、意識もはっきりしているからと言って子供の口蓋部の刺入物は安易に抜いてはいけないという事ですね。直ぐに総合病院に送りましょう。
出典:吉川朋宏、渋谷恭之、他:硬口蓋から下垂体部まで達した木箸による穿通性外傷の1例.日口外誌44:897-899.1998